外国の樹木についての質問とお答え


国際植物命名規約(ウイーン規約2006年)について   投稿者:後藤 武夫 平成18年11月5日  

 国際植物命名規約については、6年毎に開かれる国際植物科学会議によって改訂されますが、最新版はウイーン規約で2006年9月に出版されました。
これの日本語訳版は、通常、2,3年後しか出版されませんので、今回大枚8500円を払って原出版物(英文)を手に入れました。英文ですので私の英語力では読むのに時間が掛かっていますが、
基本的には、2000年に出されたセントルイス規約と変わっていません。(序文にもそう書かれています)。
セントルイス規約と、1994年に出された東京規約も基本的に大きな変更はないので、従って2006年のウイーン規約と1994年の東京規約も基本的な所は同じと言っていいと思われます。
 国際植物命名規約のご関心があると思われる点を挙げてみます。

T 種の学名について
第23条
「23.1 種の学名は、属名とその後に続く1個の種形容語とから構成される2つの語の組み合わせである。―――以下略」
「23.2 種形容語は、どのような言語を語源としてもよいし、また人為的に合成されてもよい。」 (このような基本的な箇所は変わっていませんので、東京規約の日本語版訳を使用しました。)

U 種より下のランクにある分類群(種内分類群)の学名
第24条
「24.1 種内分類群の学名は種内分類群の形容語を、ランクを指示する用語によって種名と結びつけた組合せである。」
実例1 Saxifraga aizoon subf. surculosa Engl. & Irmsch. 
  (これも実例を含めて変わっていませんので、東京規約の日本語版訳を使用しました。)

V 正確を期すための著者名の引用
第46条に東京規約では
「46.1分類群の学名が正確かつ完全に表示され、また学名の発表された日付が容易に確認されうるために、学名を正式発表した著者の名前を引用する必要がある。」となっていましたが、
ウィーン規約では、
「46.1出版物、特に分類や命名法に関する出版物においては、たとえ初出版物への図書目録索引が出来ていないとしても、その学名に関する著者名を引用することが望ましいと言えよう。」(後藤訳)とやや柔らかい表現になりました。
 なお、著者名の省略形の短縮の仕方については、ウィーン規約にも勧告46Aに1から4まで原則が書いてあります。
「勧告46A2 著者名の引用において著者名が短縮される場合は、その短縮形は著者が十分判別できる長さにしなければならない。そしてその短縮形はフルネイム中における母音に先立つ子音で通常終わるようにするべきである。以下略。」(後藤訳)
  「勧告46A4 以上とは別の方法で人名を省略するためのよく確立した習慣があるときは、それに従えばよい。」(東京規約に同じ)
 ただ実際の短縮形は、学名の著者名を網羅した専門書(Brummit & Powell編のAuthors of plant names 1992年)があり、この本は命名規定のこれらの短縮の仕方に完全に従っているので、殆どはこの本による省略形が使われているようです。

W この他細かい規約は沢山ありますが、書き切れませんので1つだけ挙げてみます。
「勧告60F1 種および種内分類群の全ての形容詞は小文字で書き始められるべきである。しかし、大文字で書き始めたい著者は、形容詞が人名や地方名または以前の属名から直接的に由来した場合には大文字で書き始めてもよい。」と東京規約とセントルイス規約ではなっていましたが、今回のウィーン規約では「勧告60F1 種および種内分類群の全ての形容詞は小文字で書き始められるべきである。」としか書かれていません。つまり、形容詞(種小名)は由来がどうであれ全て小文字から書き始めることになりました。

X 学名のイタリック体表示について 植物の命名法とは直接の関係はありませんが、誤解の多い学名のイタリック体表示については、規定中にはイタリック表記に関するものはありません。ただ、東京規約の序文に、次のようになっています。
「東京規約では規約中の規定によって学名とされる名は全部イタリックで表記し、非学名の名はローマンで示した。----中略----。編集委員会はこの方法が規約の中で学名の表示方法として最適の形式であると考えている。しかし、この方法を準拠すべき基準であるとして他の出版物に押しつけるつもりはない。それぞれの出版物はそれぞれの編集上の伝統をもっていて、その多くは長い間に確立しているものである。」
セントルイス規約にも序文に次のようになっています。
「以前の規約では,どのランクの学名も必ずイタリックで印刷されていた。規約は印刷スタイルの標準を決めるものではないし,印刷スタイルは編集上の形式と伝統で決められるものであり,命名法でもない。それでも,印刷スタイルを国際的に統一したいと考える場合には,規約が実際上の標準サンプルになると望まれたようであり,これまでも規約の印刷スタイルは多くの植物学と菌学の学術誌で広く受け入れられ,採用されている。今回の規約では,学名をより一層際立たせるために,以前の規約では学名と同様にイタリックとした場合の多かったラテン語の用語と言葉はそうしないこととした。」
新しいウィーン規約でもやはり序文にセントルイス規約と殆ど全く同じ表現が記載されています。
 なお、国際動物命名規約第4版日本語版では,付録に
「6. 属階級群や種階級群タクソンの学名は,地の文に使われているのとは異なる字体(フォント)で印刷するべきである。---以下略。」とあるそうです。
 ということで、学名の表記スタイルは規定されておらず、出版物の伝統と出版者の考えに任されています。ただ、同一出版物の中では命名規約序文の精神からも、同一の考えで統一された書体で表現されるべきなのは当然です。

Y 学名の登録問題について
   従来から新しい種の学名の命名は、標本(タイプ)にその種の詳しい特徴を(ラテン語で)説明して、しかるべき出版物に発表することで有効となるとされていました。それを認めて使うかどうかはそれを使う個人個人の判断に任されていたと言えます。しかし、普通の個人個人ではそのような判断は出来ませんので、実際は、専門の植物学者や出版者が認めて使うことで広く認められて(使われて)いくわけです。これでは問題も生ずることがあると言うことで、1994年の東京規約の第32条には、「第16回国際植物学会議の承認を受けることを条件として、2000年1月1日またはそれ以後に発表される学名は登録されなければならない。」と学名の登録制が提案されていました。新しい学名は、出版物に発表された学名を、国際植物分類学連合によって指定された登録事務局へ登録することにより、初めて学名が正式に認められたことになる、というものです。
しかし、これが第16回国際植物学会議であるセントルイス会議(1999年)で、承認されず、否決され、東京規約に書かれた登録に関する条項はいっさい無効になりました。今回のウィーン規約でも第32条にこの学名の登録制は記載されていませんので、従来どおり、新しい種の学名の命名はしかるべき出版物に発表することだけで有効となることに変わりはありません。(広く認められて使われていくかどうかは別として)。
 


国際植物命名規約(ウイーン規約2006年)の日本語版について   投稿者:後藤 武夫 平成19年12月17日  

 このほど国際植物命名規約の日本語版が日本植物分類学会から出されました(2500円)。
正確性を期するため、上にご報告した訳文と違っているものを挙げておきます。

T 23条1.種の学名は、属名とその後に続く1つの種形容語specific epithetとから構成される二語組合わせである。―――以下略。
23条2.種の学名の形容語は、どのような言語を語源としてもよいし、また恣意的に作成してもよい。
U 24条1.種内分類群の学名は種の学名と種内分類群の形容語との組合せである。そのランクを示すために連結辞が用いられる。
V 46条1.出版物、とりわけ分類学および命名法を取り扱う出版物においては、たとえ初発表文への文献参照がなされていない場合でも、当該の学名の著者を引用することが望ましい。
  勧告46A2。 著者の引用に際して、ある名前が略記されるときは、その略号は区別できるよう十分に長くするべきであり、通常はその名前全体の中の、母音の前の子音で終わるべきである。ーーー以下略。
  勧告46A4。 ある名前を別のやり方で短縮するよく確立した慣習があるときは、その慣習に従うのが望ましい。
W 勧告60F1。 種および種内分類群のすべての形容詞は小文字で書き始められるべきである。
X 序文 本規約では以前の規約と同様に,どのランクであれ命名規約で管轄する学名は必ずイタリックで印刷されている。
この点について印刷スタイルは命名法で定めるものではなくそれぞれの出版物編集上の方式と伝統で決められるものであり、
命名規約は印刷スタイルの拘束力のある標準を決めるものではない。
それでも,印刷スタイルを国際的に統一したいと考える場合には、編集者と著者は命名規約を実際上の標準サンプルにしたいと望むようであり、
これまでも学名をイタリックとする規約の印刷スタイルは広く受け入れられ、多くの植物学と菌学の学術誌で採用されている。ーーー以下略。



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