「ヒマラヤ杉に降る雪」という邦題の映画をご覧になった方も多いと思う。
米国西海岸のシアトル付近にある小さな島での、 日系移民の少女の愛と島で起こった殺人容疑事件の真相が、茶色のモノトーンの映像で描かれている。
少女役は工藤夕貴が演じているが、この映画の原題は、Snow Falling on Cedars と言う。
ところが、ヒマラヤスギは、最近では世界各地の公園などに植えられてはいるが、その名の通りヒマラヤ原産で、
この物語の舞台のオリンピック半島付近には、全く分布していない。
ヒマラヤスギはスギと名が付くが、マツ科のヒマラヤスギ(Cedrus)属の種で、欧州産のレバノンスギやアトラスシーダーも同じ属(Cedrus)に属する。
Cedarという英語の樹種名は、欧州ではこのCedrus属のアトラスシーダーなどの木を指すが、
米国では(Cedrus属が分布していないこともあって)、 ヒノキ科のネズコ属、ヒノキ属、ネズミサシ属など鱗片状の葉をもつ樹種などを指している。
つまりこの映画の原題のCedarは、米国西海岸の自然分布からも、ヒノキ科ネズコ属の Western red cedarのことである。
学名はThuja plicataと言い、標準的な和名はアメリカネズコと言うが、 材木の関係者は、ベイスギと呼ぶ。
米国西海岸のこの付近は、このベイスギやベイマツ(オレゴンパイン、アメリカトガサワラ)学名;Pseudotsuga menziesii の大森林地帯で日本への木材の供給基地である。
映画の邦題のような誤訳は、シダー(cedar又はceder)の英語における用法が広く、日本語への翻訳にも混乱が生じていることが原因である。
例えば、英語の辞書には、これがヒマラヤスギとかスギとかシーダーとか記されているため誤解が生じている。
英語のcedarは、欧州ではヒマラヤスギ(Cedrus)属の樹種(ヒマラヤスギやレバノンスギなど)を指すが、
米国などでは上に述べたように、ヒノキ科のネズコ(Thuja)属やヒノキ(Chamaecyparis)属、ネズミサシ(Juniperus)属などの樹種をも言うので、翻訳で混乱する。
また、 cedarの使用例には、広葉樹のセンダン科チャンチン属のニシインドチャンチン(学名;Cedrela odorata)、英名 Spanish cedar 又はCigarbox cedar を指す例もあるので、さらに混乱する。
もっとも「ベイスギに降る雪」という邦題にすると、植物分類的には正しくても、
材木の商売のようで、ロマンティックな映画の題としては何となく様にならないような気もするが・・・・
1999年に映画化されたこの作品の原作は、D.グターソンのベストセラー小説 Snow Falling on Cedarsに基づいているが、
この小説は、1996年に講談社文庫から「殺人容疑」と題して翻訳出版されている。
真珠湾攻撃後の日系移民に対する差別と迫害(マンザナールなどの収容所への強制移住など)もしっかり書かれているが、
舞台となったワシントン州ピューゼット湾の原作者自身が住んでいた小島の自然や植生も生き生きと描かれている。
ただ、残念なのは、この翻訳でもcedarをヒマラヤ杉と訳していることである。
そのほかの樹木などは、アメリカトガサワラ、
(パシフィック)イチイ、
(パシフィック)マドローネ、
スイカズラ、
サーモンベリー、
アメリカハリブキなどかなり苦労して翻訳されているのに・・・・
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