ビッグパインの街を出て168号線を東に行き、ウエストガード峠手前でインヨー国有林*に入り、残り10マイルでシャルマングローブに着く。
途中は展望が利くようになって、向かいのシェラネバダ山脈が朝日にあたって実に美しい。
シャルマングローブに着いたのは9時で、ここはもう標高3000mもある。
ビジターセンターは10時から開くと書いてあるので、
そのまま、1周4.5マイルのメスーセラトレイルを歩くことにする。
トレイルは、反時計回りに歩くことになっていて、その順に番号札が立ててある。最初に4番の案内板まで登ってしまえば、後は殆ど下りになる。
4番の峠からは、向かいの斜面のブリッスルコーンパインとセイジブラッシュの棲み分けがはっきり見て取れる。
ここを過ぎ、8,9番付近の東斜面にはマウンテンマホガニーの灌木地帯が続き、斜面によって植生の変化が大きい。
北斜面に入った14番から15番あたりの谷筋には相当年数の経ったブリッスルコーンパインが沢山まとまって生えている。 ここには、4700年を越えて生き続けるメスーセラと固有名詞が付けられたブリッスルコーンパインの木*があるが、保護のため どの木がそれであるかの表示はされていない。 おそらくこの辺にメスーセラがあるのだろう。
4700年前と言うと、エジプトでギザのピラミッド建設が始まった頃であるが、
そんなに長く木が生き続けるというのはどういうことであろうか。
材の細胞は、出来て一週間位で細胞にリグニンが進入して堅く強固になり、死んでしまってもう生命活動は行わない。
これを木質化(リグニフィケイション)と言い、私たちが利用する材木そのものは既に死んでいるわけである。
この死んでしまった材木質が、4000年以上も腐らず、樹体を支え続けているのも驚きであるが、
この材木を作り出す形成層や葉を作り出す能力が、4700年の間生き続けていると言うことも驚異であるし、
これが樹が生き続けるということなのであろう。
2時間位で出発点に戻ってきたら、センターが開いているので訪ねた。フォレストサービスの女性フォレスターにメスーセラの表示がないのが残念だと言ったら
自分はどの木か知っているが、やはり(バンダリズムからの)保護のためだと言っていた。ここから上、車で45分の所に、
パトリアーチと名付けられた世界1大きいブリッスルコーンパインがあり、それは表示してあると教えてくれたので、いつもの持参の昼食を摂ってから出かけることにした。
ここからは未舗装の道になって、埃を立てながら高度を稼いで登る。
途中、シェラネバダの山を撮影している2台のバンが駐車していて、日本人の様だったが、
ここで止まって車の後ろになり、後塵をかぶるのは適わないので、車中から会釈だけで通り過ぎた。
パトリアーチグローブの近く1マイルは、車の交換も出来ない1車線の林道で、対向車が来ないかと心配したが、
ここまで来る車は少なく大丈夫であった。
パトリアーチグローブには、2つの短いトレイルがあり、左側のトレイルの入り口にパトリアーチの木はあった。
何本もの木が集まっているように見えるほど確かに大きい。このあたりは標高3450mになり、森林限界を超えているので、
生えているのはブリッスルコーンパインしかない。この先から、ホワイトマウンテンへの登山道も始まっている。
丸1日のコースだそうだ。
再び、ビジターセンター*に戻ったら、先ほどのバンが駐車していて日本語が聞こえる。
NHKの撮影クルーが忌野清士郎さんというロック歌手と一緒にブリッスルコーンの番組撮影に来ているとのこと。
やはり、フォレストサービスにはメスーセラの木の場所は教えてもらえず、撮影に苦労しているようだ。放送は10月28日の予定だそうだが、衛星ハイビジョン放送で残念ながら
我が家では見られない。
ここは、日本人がそう来るような所ではないが、NHKさんとは、昨年の12月に衛星放送されたエンジョイライフ「木の物語」の米国の樹木の翻訳をお手伝いしたことがあり、最近何かとご縁がある。
ビジターセンターに再び寄ったら、メスーセラウォークという1ドルの小冊子があったので、購入する。
ついでに山火事防止のシンボル、スモーキーベアーのぬいぐるみがあったので、これとブリッスルコーンパインの種子の缶詰もお土産に買って50ドルも使ってしまった。
古代ブリッスルコーンパインの森地図 |
第5日へ戻る |
第7日へ進む |
RETURN TO HOMEPAGE |