[ パイクスピーク

1 パイクスピーク

コグレイル切符売り場

 今日も快晴、朝食は宿で摂り、8時40分に出発。宿近くのインターからI-25号に入り、141出口で24号線に降り、北西に進む。
 マニトウスプリングスを過ぎ、パイクスピークハイウエイの有料ゲート入り口まで行った。 ところが、今日は、パイクスピーク国際ヒルクライムレースがあって一般の車は登れないとのこと。 行事と重なった不運を嘆き、この先にあるFlorissant Fossil Beds 国立モニュメントへ行くか、 予約はしてないが登山電車のコグレイルでパイクスピークに登るか迷ったが、駄目元でマニトウスプリングスまで戻り、 コグレイルの駅で乗車券がまだあるか聞いてみた。日曜日でもあるし、昨日ロイヤルゴルジで会った日本の方が 昨日は予約で満杯でコグレイルには乗れなかったと言っていたので期待はしていなかったが、10時40分発の席があるという。 幸運を喜んで往復33ドルしたがすぐ購入。出発まで、約1時間、駅周辺でのんびり待った。



 

頂上からの眺め  パイクスピークコグレイルは、1891年に開業し、昔は蒸気機関車が急勾配をパイクスピークの頂上まで押して登っていた。 今はディーゼル気動車になってしまい残念な気もする。レールの間の第3軌道に歯車をかみ合わせて登る言わばアブト式鉄道である。
 コグレイルは10時40分に出発。周囲はパイク国有林*でアスペンの森から始まって、スプルース類やポンデローサパイン、 上に行くと4000年も生きるブリッスルコーンパインなど登るにしたがって山岳帯、亜高山帯、高山帯などの 植生が変わっていくのが見られておもしろい。約1時間15分で頂上に着くが、頂上は標高4300mもあり、全く植物も生えない砂礫地になっていた。 頂上では、普通に歩いても心臓が苦しく、頭が重い。こんな状態で車の運転は難しそうでコグレイルで来たのは正解だった。

 ヒルクライムレースも2輪車の部はすでに終わっており、頂上には2輪車の選手たちがくつろいでいた。 どのくらいタイムがかかったのか聞いたところ、2輪車で約13分とのこと。コグレイルでは約1時間以上もかかったと言うと そんなにかかるなら帰りはこのバイクを貸すからこれで帰ったらと言う。勿論冗談だが、丁重にお断りした。

 頂上のカフェで紅茶と名物のドーナッツで昼食、東側に雨雲が出てきた12時40分には帰りの便が出発し、麓の駅に 2時頃に着いた頃には雨になっていた。

 

2 ガーデンオブゴッド

キッシングキャメルとホワイトロック

 マニトウスプリングスの街を出る頃には雨もやみ、ガーデンオブゴッドのビジターセンターから一方通行の道を通って 神の庭の岩峰群を見に行く。
 赤色や白色のおもしろい形をした岩がそびえ立って、近くから見るとかなり大きいものだった。 3億年前から大地に堆積した沈殿物が圧力によって曲げられ持ち上げられ削られて現在の様な姿になったと言われている。
 神様のお庭を車で一回りして、南の出口から24号線に戻った。


 

Manitou Cliff Dwellings  次はもう少し西にあるアナサジの人々の住居跡 Cliff Dwellingsへ。 アナサジは、岩壁に造った住居を捨てて1300年頃忽然といなくなったと言われているが、今のプエブロ族の先祖と考えられている。  この先住民族の遺跡は、やはり700年前に造られたようだが、メサベルデ国立公園などの遺跡に比べると規模が小さく、 プエブロ建築様式で建てられたお土産店の方が大きいくらいで期待はずれであった。

 もう1つ先の Wind Cave も入り口までは行ってみたが、ガイドツアーでしか入れず、普通の鍾乳洞のようで時間もないため 周辺の景観だけ見て帰ることにする。
 こちらへ廻らず、パイクスピークの裏側にあるクリップルクリーク*には、狭軌の蒸気機関車が走っていたり、 ゴールドラッシュ時代の建物など古い西部劇の舞台が残っている(カジノもある)とかで、そちらに行き損なったのも心残りである。 やはりもう1,2日は必要だったかも。

 

3 夕食

メキシコ料理の店

 宿に帰り着いたのは午後5時過ぎ。
 昨日に懲りて今日は少し歩くがビールのサービスのあるチリというメキシコ料理の店に行く。 タコスなどの辛い料理だったが、昨日の分と併せてビールは2杯飲んだ。


 



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