Z セオドア・ルーズベルト国立公園北部へ

1 セオドア・ルーズベルト国立公園北部へ

Avisレンタカー

 午前8時半にホテルのシャトルバンで空港に送ってもらう。空港まで5分、運転手さんにチップを払おうとしたら要らないという。
 空港内ロビーにある Avisレンタカーで車を借りる。シボレーのSonic LTZ という車で既に59,000マイル走っている。カーナビは付いていない。 ここでも何時も借りているハーツを借りようと思ったのだが、今日は日曜日でハーツは午後からしかオープンしていないので、 9時から貸し出しているエイビスに日本から予約をしておいた。エイビスを借りるのはしばらくぶりだったが、感じの良い若い男の人が1人でやっている。
 車のミラーを直したり、計器などを点検して、9時頃に出発。日本で乗っているトヨタのビッツと同じくらいの大きさで乗りやすい。

 

 

2 セオドア・ルーズベルト国立公園北部ユニット

リトルミズーリ川Oxbow展望台  ウィリストン市内のインターステイツ85号線は大規模な工事中で、かなりの迂回を余儀なくされている。 工事が終わった辺りで左折、沈下橋かと思えるくらいの低い、大きな橋でミズーリ川を渡った。 ここから山岳部時間に戻るので時計を1時間戻さねばならないが、ドライブにあまり影響が無く面倒なのでそのまま行く。

 85号線を南下、1時間半くらいでセオドア・ルーズベルト国立公園*北部ユニットの入口料金所に着いた。 ここには小さなビジターセンターがあり、女性のレンジャーが1人で勤めていた。お土産を買ったついでに、こんな周りに街のないところでどうやって暮らしているのかと聞いたところ、 ビジターセンター近くのリトルミズーリ川岸に宿舎があり、そこでレンジャー皆で生活しているとのこと、なかなか大変な勤めだ。

 公園内のシーニック道路を行く。セオドア・ルーズベルト国立公園は、あまり草木も生えていない荒れ地、荒野(Badlandsと呼ばれている)と言える岩混じりの平原がリトルミズーリ川沿いに広がっている。 他の国立公園のような絶景も見られない地味な公園といえよう。
 シーニック道路では、プレーリドッグの巣があちこちにあり、プレーリドッグが時々顔を覗かせる。バイソンも1匹だが悠々と歩いていた。 終点のOxbow展望台まで行き、リトルミズーリ川の湾曲点を眺めてからビジターセンターまで戻った。

 

セオドア・ルーズベルト国立公園北部ユニット地図(PDF)


 

リトルミズーリ川展望  この国立公園は第26代大統領セオドア・ルーズベルトを記念して1947年に設立されたが、それには深い訳がある。
 1884年、ニューヨーク州の若き下院議員セオドア・ルーズベルトは、1日の内に母親と妻を亡くし、失意のどん底に落ちた。この精神的喪失を癒すため、前年に訪れていたノースダコタに戻り、牧場で働くことにし、 翌年に、エルクホーン牧場(Elkhorn Ranch)を作って農作業に打ち込んだ。後日第26代大統領になってから、ルーズベルトは、”ノースダコタでの経験がなければ、大統領になっていなかったであろうと常々言っている”と語っていたそうだ。
 ルーズベルト大統領は、この荒野での自然の中の経験から、大統領時代の8年間に5つの国立公園と150の国有林などを設立し、2億3千万エーカーを超える地域を国として保全した功績があげられている。 

 


 


 

3 セオドア・ルーズベルト国立公園南部へ

ペインテッドキャニオン

 国立公園南部ユニットまでは、更に85号線を66マイル南下せねばならない。85号線の両脇にはオイルシェルから石油を汲み出すポンプがあちこちに見られ、 無人でシェルオイル(タイトオイル)を汲み出しているのが見られる。
 この辺りは、地質的にはウィリストン盆地(Williston Basin)の一部となっており、 地下3000m位掘るとシェルロック層(Bakkenシェール3層)に当たり、ここからこの層を横に掘って低硫黄原油を吸い出して、 シェルオイルを生産している。ノースダコタ州は近年このシェルオイル生産量が著しく増え、全米で4番目の石油生産州となっているそうだ。

 我が車の燃料計も半分になったので、85号線と94号線の交差するベルフィールドで給油と遅い昼食を摂る。4位の石油生産州でも、精製は遠く州外が多いので 1ガロン2.4ドルとちっとも安くない。
 ここから94号線を西に向かい、exit32で降りて南部ユニット東端のペインテッドキャニオンビジターセンターからこのバッドランドのカラフルな地層を概観することが出来た。

 94号線に戻り、exit27でメドラに出ようとしたが、警官達が出口を塞いで、先の出口に行けとのこと、不思議に思いながらexit24へ向かったが、 この途中で山の裏から白い煙が出ているのが見えて山火事かもしれない。これでは出口27では出られなかった訳だ。出口24で94号線を出て少し戻り気味にメドラへ向かう。

4 メドラの街

メドラの観光馬車  メドラ*は、ルーズベルト国立公園南部ユニットの玄関口の街であるが、その歴史は古く、1883年にフランスの24歳の貴族がこの街を作り、 妻の名 Medora に因んでメドラと名付けた。その後、先住の民スー族との戦いを経て、Northern Pacific 鉄道も開通し、牧畜の街として発展してきた。 今では古き良き街並みを残す観光の街として栄えている。人口は112人。

 メドラの街に着いて、予約していたバッドランズモーテルに行ったのは午後3時20分、まだ部屋の掃除が出来ていないので、 3時になったら来てほしいとのこと、自分の時計を山岳部時間に1時間戻すのを忘れていた。
 時計を直して3時にモーテルへ、レセプションに日本語の上手なベトナムの女性が居て日本語でチェックインが楽に出来た。1年ほど日本に留学していたとのこと。
 部屋で荷物を整理して一休みしてから、街中を散策、Medora Musical のチケットオフィスに寄ったところ、明日の月曜日は休演だとのことで、 急だが本日の午後7時半からのチケットを購入した。45ドル。野外劇場なので1枚多めに着ていった方がよいとのこと。

 7時過ぎに、メドラの西、車で10分位のメドラミュージカルの野外劇場へ向かう。地形を利用した劇場でたくさんのお客さんが入っていた。
 ミュージカルは、Wild West を題材に古い西部開拓時代の話のようだが、英語の歌詞が聞き取れず、皆が大笑いしてもこちらは笑えずヒアリングの 能力不足を痛感した。まあ、踊りを見て楽しむだけの感じとなった。

 


写真をクリックすると大きい写真が見られます。

 ノースダコタ州西部地図


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